宮崎駿の『崖の上のポニョ』ができるまでの四年間〜のドキュメンタリー番組がやってました。
その中で宮崎駿は
私は映画の奴隷である
やりたくてやっているわけではない
映画を作り
人を楽しませることが
“自分が存在していい”ということを確認できるこっなのだと言う。
意外でした。
あんなに明るく素晴らしい作品を作り出す人が
実はネガティブ(この表現であっているのか?)な物を背負って生きているのだと
番組の中で…
彼の母親は、彼が幼少期に早くに病にかかり、彼が抱っこをせがんでも泣いて断るほど、病状は悪かったという。それ以来、母に気を遣い、母の前ではいい子を演じるようになっとしまったらしい。
宮崎アニメの中には、さまざまな『お母さん』が登場するが、そのほとんどのキャラクターに、彼の母象が投影されているらしい。
突然ですが…
幼少期の環境が、その後のその人間の発達に影響を及ぼすとは、よく言ったものですが。
つまりですねぇ。
幼少期に1番甘えたい存在である母に、こどもながらにも気を遣い、その抑制を漫画を読みあさり、そして書くことにヨッテ抑えていた。
後に、それが自分のやりたいことへと結び付き、やがてそれは映像で作り出すということにより、母と向き合うことに繋がっていった。
それは、映画にすることによって、自分の果たせなかったことをも実現しているように思えるんですね。
ここまで長々と綴りましたが…
私も幼少期には母が劇団に所属し、父も合唱団に所属し、昼間は働き夜はそれぞれ稽古の毎日でしたから、夜はひとりだったり、兄弟で留守番ということが多々ありました。
だからたぶん、寂しさや甘えたいという欲求から、どこかで、両親から注目されたいという欲求があって、それが講じて、なおかつ両親からの影響をうけ、今現在の自分に至ると考えられるわけですが…(いろんな経緯はハショリマス)
何かを表現することをしていたいと常に考えていて
それをやっていることが、自分が生きている中で当たり前のことのように感じていました
何かを表現することが自分の存在意義なんだろうと思います。
それができる場所があるだけ
まだ私は幸せなんだと思います。
私も成長させて頂きまして、いろいろ活動の場が広がって参りましたが〜
なんだかんだでラニョミリ万歳であります!!
いろいろ蓄えたことを芝居に生かすんであります。
おわり。
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